趣味の部屋

遊・友・座について

同窓生の交流を楽しむ「座」です。趣味の事、日々の出来事、読んだ本の事など他の人と共有していいと思えることを自由に投稿できます。楽しい交流の場にしましょう。
*投稿先 jimukyoku@baiko-dousoukai.jp
*投稿は原則、旧姓でお願いします。(例 高20 梅光 愛子)

私の遊び場 -16-

ミッキー90年にしようと思ったが、ミニーしか居なかった😱
まっ、いいかq(^-^q)あきらめと妥協も必要か😅
葉っぱがミッキーにならない( 。゜Д゜。)

高29 高島智子

写真
 

私の遊び場 -15-

去年、買ったのに飾れなかったタペストリー、今年は飾れた

高29 高島智子

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私の遊び場 -14-

もったいなくて、どうしても使えないハンカチを飾ってみました

高29 高島智子

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私の遊び場 -13-

水不足かすすきの穂がない、痛みやすいからと桔梗も売ってない(´_`。)
季節を彩る植物が入手しにくくなってる、悲しい(´∩`。)

高29 高島智子

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私の遊び場 -12-

蓮と金魚にして、ほぼ使わなくなった道具も飾ってみました(^▽^)

高29 高島智子

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私の遊び場 -11-

帆船が好きなので飾ろうと思ったけど物がない😵
ちょっと淋しい😅

高29 高島智子

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私の遊び場 -10-

20年ぶりくらいの七夕❤
手抜きではありますが。
竹なのでパンダの額も置いちゃった😅
三年位前から、床の間に簾や額を持ち込んでます。
変かな⁉

高29 高島智子

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私の遊び場 -9-

蛍と紫陽花にしてみました。
近所の道端に咲いてた白い露草♥
その横のポストカードは、ボタンを押すと10秒だけだけど、蛍が光り、水の流れる音がする優れものです(⌒-⌒)
腹がたった時に楽しんでます(⌒-⌒)

高29 高島智子

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私の遊び場 -8-

やっと菖蒲を入手!残念ですがまだ咲かない(。´_`。)
今年は息子のを飾ってみました♪

高29 高島智子

 



寒冬で 一度空振りした梅まつり。
三月半ばもすぐそこ
流石に見頃終えただろうと
思いながら行った東行庵
白梅が多く咲いてました

帰り道ふと日和山へのぼった
梅光校舎が薄紅く夕映え

部活終わり
ほとんど生徒がいない静かな教室
窓から夕映えの海峡が見える

あんな最高のロケーションの教室は
下関唯一だったんだろうなぁ
もしかしたら 日本唯一かもしれない

いつまでもこの教室で
紅に染まる世界を見ていたかった

この日はどうも
中等部の卒業礼拝があったようです
生徒さん達にとっても いつまでも
心に映える場所でありますように

おめでとうございます

高29 山田ゆかり

 

私の遊び場 -7-

全国的にはギリギリ❗下関は旧暦でするのでお許しを。
私には段飾りは無理なので、こんな飾り方にしました(*´▽`*)
菜の花が入手出来なかったのがちょっと残念(。´_`。)

高29 高島智子

 

私の遊び場 -6-

バレンタイン風にしてみました♪
孫が来てどれだけ減るか心配ですが(*^-^) 


高29 高島智子

 

私の遊び場 -5-

初めて節分に挑戦してみました。
鬼は外福は内を表現したつもりです。


高29 高島智子

 

私の遊び場 -4-

明けましておめでとうございます 良い年でありますように。梅光に幸あれ!!!


高29 高島智子

 

私の遊び場 -3-

同級生から楽しいポストカードが届きました。いつもより暖かい床の間になりました。感謝です。


高29 高島智子

 

収穫感謝祭

我が子は大きくなって既にいないのに未だ地域の子ども会のお手伝いをさせてもらってます。
先日、春に植えた芋掘りをし、収穫感謝祭として豚汁といもご飯を100人分作りました。若いお母さん達と一緒に野菜を切ったり、ご飯を炊いたり。
お昼ご飯の後は、お芋の重さ当てク イズにドッチボール。
子ども達の楽しそうな顔を見てるだけで嬉しくなります。
若いお母さんや子ども達のパワーを頂きながらボランティアに励む日々ですが後何年出来るやら??

高29 藤澤(旧姓 柴田)

 

私の遊び場 -2-

ハロウィーンが終わり、11月の床の間で遊びました。

高29 高島智子

 

私の遊び場

山水の掛け軸に飽きた結果です。 季節感をとは思うけど、日常の雑事におわれ、なかなかです。

高29 高島智子

 

出会い

われわれ高29の学年は来年あたり還暦を迎える。
誰しもこのくらいの歳になると40年以上も前の学窓が懐かしくなろう。
記憶は書きかえられ美化されるものだが、それでも大切なものだ。

高入生であった私は高校に入学してしばらくは友人もおらず、いつも一人で下校していた。
その日もいつものようにAクラスの教室から校門までの坂をゆるゆると下っていった。
「ちょっと!」
門の手前数歩のところで脇から二人組みがぬうと現れた。
同じクラスではない。はじめてみる顔だ。
私より10センチばかり背が高いふたりが並んでいる。壁のような立ちはだかりに、どうしたってこちらは見上げるかっこうである。
ひとりはボーイッシュなショートヘアに眼光鋭い顔立ち。もうひとりはやはりショートだが巻き毛で黒縁めがねが光っている。
そのめがねのほうの女史が私に向かって眉を吊り上げ、一所懸命なにか言っているのだが、なにを言っているのかよくわからない。

そういえば通っていた公立中学では、梅光に推薦入学を早々に決め、受験勉強からいち早く抜けた私を男子たちが、やっかみからか「お前、梅光には番長がいるらしいぞ」「気をつけろよ」などとからかっていた。
あれ、もしかして本当だったか。こわもて風だし、このひとたちがそうなのかな?と二人をかわるがわるぼんやり見ていた。

だが、そのうちに、どうやら腰までたらしたわたしの髪をゴムで結ぶよう言っているらしいことがわかってきた。..とするとこのふたりはまじめな風紀委員かなにかで、とようやく気づいた。(当時からわたしはとびぬけて巡りの良くないたちであった)
存外こまかい規則があるんだな、とため息も出たが、自分のかん違いと恐ろしく真剣なまなざしの彼女たちに思わずくすりと笑ってしまったのを覚えている。

声をかけるのに勇気がいったろう。
ふたりで相談もしただろう。

こののち、ふたりとは一度も同じクラスにならず、親しく話をする機会もなかった。しかし今でも思い出すと知らず笑みがこぼれてしまい家人にあやしまれるのがひとつ難であるが、平板な高校生活のなかで、おもしろき出会いであったなぁと密かに感謝している。

高29大英11 金山千鶴子

さ・ん・ぽ

ちょっと貧弱なキンモクセイだけど、いい香りが漂ってきた

彼岸花が終わったら今度はキンモクセイ

雨が上がってきれいな鱗雲

モズが鳴いてる

いぃ季節っ!

高音29 田川俊子

 

彼岸花に寄せて

昨日、仕事帰りに我が家の近くの小さなお地蔵さまと、地元の方のお墓のそばに鮮やかに咲き誇る彼岸花を見つけた。あ?、もうそんな時期かぁ…。子供達も家を離れ、毎日仕事や雑事に追われ、あれっ?今日は何日だっけ?の世界。

自然はすごいね。ちゃんとその時 期になると花を咲かせる。お彼岸に満開になるようにちゃんとカウントダウンして開き始める。毎年、大したものだなぁと感心する。お見事。
桜は咲いている期間、みんなに眺められもてはやされる。でも彼岸花はひっそりとした場所で、あまり人に愛でられる事も無い。それでもまっすぐ空に向かい葉っぱも伴わず、真っ赤な花を咲かせる。ほとんど白に近い薄黄色の花を咲かせる。素晴らしい。

彼岸花を見ると2年前に、サッサと笑顔で旅立った親友を思い出す。告別式では、仏式にもかかわらず、同期生で賛美歌を歌うことを許された。慈しみ深き 友なるイエスは  そして校歌を歌った。
今もこの文章を綴りながら涙がこぼれる…。生かされている自分を感謝して、しっかり毎日を生きていかなきゃと思う。彼岸花のように、まっすぐ、彼女のように笑顔を忘れず。

あと数日で三回忌、彼女に会いに行きたいと思っている。
高29音 田川俊子

 

「ニックネーム」

大11卒の大賀さんの記事で、彼女が乙女心を痛めていたことを知り、思わず「ゴメン」と呟き、長い教師生活の中で「地獄で真っ先に焼かれる羽目になる私の舌」はどれだけの毒を吐きだしたのだろうと改めて反省した次第です。彼女が広い心で許してくれたのでありがとうと伝えたくて投稿しました。
教師一年目の担任で、彼女たちと10歳違い。後年彼女たちから「泣き虫先生」だったと言われて、面の皮が厚くなっていた私はびっくり。きっと新米先生の失敗をたくさん許してくれた生徒たちだったのだ。初めての生徒で、中一という多感で個性的、そして活動的な彼女たちとの出会いは、以後中学校の担任が大好きになるきっかけだった。本当に感謝だ。中高6年間の成長を目撃したこと、以後の様々な曲折を抱えながらも懸命に人生の歩みを進める彼女たちは私の喜びだ。私も一緒に頑張ろうと思う。ありがとう。
長い教師生活で、私自身が生徒からもらったニックネームは「カッタン」「カタチン」が長かったように思う。しかし自分が生徒だった時代に先生には知らせずつけたニックネームがあったので、そんなニックネームもあったかも知れない。知らぬが花だろう。
高19大1 片山宣子

遊・友・座の趣旨には合わないかも知れないが、
「ニックネームのこと」

中学一年生の時に頂いた、ありがたい私のニックネームは「おばば」である。
可憐な乙女というにはあまりに遠い容姿であったから仕方ないのであるが校内なら問題はない、問題は学校の帰り道など、向かいの通りから「おばばー!バイバーイ!」と友人が屈託のない笑顔で挨拶してくれる時。彼女達に悪気はないがもう固まるしかない。私のそばを通り過ぎていく大人達が心なしか笑っているように思えるのだ。友人には小さく手を振って見せるのが精一杯。
そんなこんなで「おばば」と呼ばれて半世紀近く、不思議なものでこの呼び方にもすっかり馴染んでしまい、いとおしく思えることもあるほどだ。結婚して姓が変わったから本名より長い付き合いだとも言える(笑)
先日、恩師である片山宣子先生からメールを頂戴した。
書き出しが「おばば様~」だった。さすが、名付け親でいらっしゃる、覚えていてくださったことに感激!
ずっとこのまま「おばば」でいよう!年季の入った本物の「おばば」になろう。
私の「おばば」は特別だ。
思い出深い丸山の東館から始まった楽しかった六年間、私を作ってくれたたくさんの教え、全部、この大好きなニックネームから始まったような気がするから。
片山先生、あらためて心からありがとうございました。
高29大日11 大賀祐美子

「Bell Felice~幸せなベル~」

私が大学時代を捧げたハンドベルは、青春の全てでした。卒業後はハンドベルからも離れてしまい、普通に仕事をしていたのですが「やっぱりハンドベルがしたい‼」という気持ちが年々強くなり、卒業から7年後、近場の先輩方に声をかけ、卒業生チームを結成することになりました。
連絡が取れた初回の練習参加者は5〜6人でした。それから早いものでもう2年。現役の大学生や私世代よりも大大先輩の方も、不思議と(まるで奇跡のように)集い、一緒に活動を続けていくうちに、今では18人の大所帯チームになりました。
チーム名「Bell Felice(ベルフェリーチェ)」(意味:「幸せなベル」)は、「卒業してもハンドベルを演奏したい!」という気持ちの受け皿になること、またハンドベルを通してたくさんの隣人に出逢うこと、これらの幸せを名前に込めました。
2年間の活動の中でハンドベルコンサートを3回、ハンドベルコンクールを1回、クワイアミニ演奏会を1回経験させてもらいました。これからも下関・九州の地を中心に、ハンドベルの音色で幸せを運ぶチームで在りたいと思っております。

さて、今年度の大学祭の初日11月11日(土)10:00から、大学スタージェスホールにて、梅光開学50周年記念ハンドベルコンサートを梅光中高ハンドベル部・大学ハンドベル部・Bell Feliceの、4世代に渡る梅光ファミリーにより合同開催いたします。全員が同時に演奏する大迫力の曲もございますので、ご都合がよろしければ、ぜひお越しくださいませ。
大39日 中村友美

(BellFelice練習の様子)

「縁ありて 城で学びし年月(としつき)は 我が人生の願い叶えり」

梅光で経験する全てのことは、田舎の中学出身の私にとって、それまでの自分の日常とは全く異なり新鮮なものでした。特に、毎朝行われるチャペルでの礼拝で聖書の言葉を聞くのが好きでした。ただ「求めよ、さらば与えられん」という一節 が納得できず、「願えばそれは全て叶うのか??」と心の中でずっと反発していました。子供の頃から持ち続けていた止められない願いがあったからだと思います。歳を重ね、還暦を前にして、これまでの人生を振り返ってみた時、心の奥にあった願いは全て叶ってきたことに気づきました。
「この教室が僕たちのパワーの源です」と言って私の元を巣立ち世界に羽ばたいていった生徒たちが、これからの日本の未来を支えてくれることが今の私の一番の願いです。

「山の上の城」で育てていただいたことに感謝の思いを込めて。
高29大英11 龍﨑美香

”支えられて”
15年近く一緒に暮らしてきた愛犬(ラブラドール)が、今、神様のもとへ旅立とうとしている。
大きな手術を乗り越えて約1年。
今、穏やかにお世話しながら気がついた。
育ててきたのは私ではない、この子に支えられてきたのだと。
そして、沢山の愛に支えられて私達は今を生きてるのだと。
目に見えない大きな愛を教えてもらったのは梅光かもしれない。そして大切なものは失って初めて気がつくのかもしれない。
そんな愛に気がつかせてくれた愛犬に感謝です。
高29音 安徳朋香

写真はずっと始めてみたかったステンドグラスの拙い第一号です。ステンドグラスは光を通してみて初めて命が宿ると知りました。
光の思い出のひとつに50年以上前に通った梅光幼稚園の窓ガラスがあります。今はなき園舍の小さなガラス窓のほとんどに十字架の印がつけられていました。幼な心に不思議に思っていました。それにどういう意味があったのかを知ったのは随分後のことでした。戦前戦中、梅光にとって辛い時期のものであったと知った時、戦後の大変な時期に希望を持って新しい一歩を踏み出した先生や先輩達に思いを馳せることができました。
「光の子らしく歩みなさい」
梅光の歴史を包んで下さった神の深い慈しみにあらためて感謝です。そして、この 聖書の言葉が来年は還暦を迎える私たちを、これからも照らしてくれることと信じます。
高29大日11卒 大賀祐美子

ようやく猛暑から解放されたせいかやたらと 今年の栗の出来栄えが気になりはじめました。
よい実りであることを願ってます。
絵は去年、水彩画で描いたものです。去年の栗はりっぱでした。
高29 山田ゆかり

「下関写真集」思い出の梅光・下関周辺の今現在の写真をお届けいたします。リクエストがありましたら、ご希望や思い出をお寄せください。また、皆様の撮影された写真や動画も御投稿いただけないでしょうか。お待ちしております。