梅光学院同窓会沿革

西暦(和暦) 出来事
1914年
(大正3)
4月10日
下関梅光女学院開学。初代院長広津藤吉(梅ケ崎女学校より28名、光城女学院より11名、新入生50名 計89名の新入生を迎える。)
1915年
(大正4)
3月20日
第1回同窓会開催(於 寄宿舎)。校内報「梅光」発行。建学の精神、校風を保護者、生徒に知らせる目的。年3回(時には2回)、7月、12月、3月発行。各号とも同窓会の欄が設けられ、同窓会の動向、お知らせを掲載。
1945年
(昭和20)
7月2日
0時10分下関空襲(2回目)により梅光校舎は院長宅、記念館を残して焼失。(この2日前就任2代院長福田八楠)同窓会も貴重な資料を焼紛失。現存していれば同窓会100年の歩みを知る貴重な資料になったと思われる。
1947年
(昭和22)
12月25日
第3代院長広津藤吉により「梅光」復刻版第1号発行。発行所:梅光女学院 編集発行人:梅光女学院校友会 文芸部 印刷:原印刷 第5号より編集発行人佐藤泰正に代わり復刻41号まで現存
1949年
(昭和24)
5月27日
同窓会独立誌「梅光だより」1号発行。(財団法人梅光女学院同窓会会長:牧キヌエ)
1950年
(昭和25)
3月
「梅光だより」2号・梅光復興記念建築・定礎式 (梅光女学院同窓会会長:鶴原愛)
1950年
(昭和25)
12月
「梅光だより」3号 定礎式を回顧して V・M マッケンジー
1951年
(昭和26)
8月
「梅光だより」4号 献堂式記念号 編集発行人:宮川下枝 各号とも14~19頁の小冊子で発行されているがその後独立誌として発行されている様子はない。
1968年
(昭和43)
5代学院長広津信二郎、同窓会誌「梅光」の発行を中高教諭梶間眞寿美に指示。
1969年
(昭和44)
同窓会誌「梅光」1号が独立誌として18年振りに発行される。以後「48号」発行まで至る。三和印刷平野道夫氏に感謝。国内向21,000部、国外向180部発送。
2014年
(平成26)
4月
梅光学院下関開学100年記念にあたり同窓会約半世紀にわたる活動を顕彰した「梅光」を復刻。『梅光学院下関開学100年記念・同窓会誌「梅光」復刻版』(1号から45号までを3分冊)2014年4月発行。印刷:三和印刷